2005年04月22日

ケシの咲く惑星

漫画家の水樹和佳子さんの短編作品。
SFのジャンルが多いのだけど、人間の内面をとても詩的に描く作家。
この人の作品には、心に残るセリフがここかしこにちりばめられている。

この物語、近未来の物語なのだが、いつまでも心に残って忘れることができない部分がある

たいての人が一度か二度のつまずきで心を閉ざしてしまう
そういう時代なんだ・・・
いつからこういう時代になったのか
おそらくだいぶ前から深く潜行してきたことがここへきて表面化したんだろうが・・・
だが 文明批判をしたところで何がどうなるものでもない
この文明はつき進んでいくだけだ 止まったら倒れてしまう車輪と同じだ
毎日毎日 社会のあらゆるシステムが加速度的にスピードアップされていく
それが正しいとか間違っているとか そんなことは問題じゃない
そういう文明なんだ
「一切の無駄をはぶいて能率アップする」
この経済の基本原理が人の心にまで及んでしまった
これは正しくない 人間には無駄が必要だ
人間は様々な無駄を経てゆっくり成長する生き物なんだ
管理され保護されて無駄を知らずに育った人間は脆い
一つの回路が切れると動けなくなってしまう古いコンピューターに似ている


近未来の、悲しい運命に見舞われた家族の物語。

2100年12月、東京。
天志(タカシ)の6歳の誕生日。
なかなか帰ってこない父に拗ねるタカシに対して母は、
お父さんはたくさんお子供達の命をあずかっているの。
お父さんくらい立派な人はいないわ、とのろけてタカシにあきれられる。
父は医者だった。

二人で誕生祝を始めようとした時、ニュース速報が入ってくる。
それは、父が勤める病院の火災の映像だった。
映像は燃え上がる病院の、一番火の手が激しい屋上に取り残された医師と子供を映し出す。
救助ヘリから長いはしごが下ろされ、医師は気を失った子供を片手に抱え、はしごにつかまっている。

テレビの映像に映ったその医師は、タカシの父だった。

医師は腕を負傷していた。

次の瞬間、すさまじい熱風が二人を吹き上げ、父の腕は子供を放しはしごをつかんだ・・・・

カメラはその一瞬を逃さなかった。

「子供が落ちていきます・・・・」

その瞬間を見た時、母の何かが壊れた。

「あれはあの人じゃないわ。あの人が子供を離すはずないもの・・・」

その時から、母の目には父が写らなくなってしまう。

好奇心と悪意に満ちた取材は続いたが、父は一言も弁解しなかった。
「離婚するの?」と聞くタカシに父は、
お母さんは病気だ。お母さんだけじゃない。たいていの人が一度か二度のつまづきで心を閉ざしてしまう。
そういう時代なんだ・・・と語る(↑冒頭で紹介した部分)

母の目には父は映っていない。写っていないのに父がいないと泣き出して何一つできなくなるのだ

そんな母とタカシをつれて、父は開発が始まってやっと人間が住めるようになった金星へと移住する。
父の研究の仕上げに必要だったから。

花が好きな母の為に、父は金星にヒナゲシの花を咲かせようとする。

金星へ来ても、一緒に暮らしながらも父のことが判らない母。
「お父さん、早く帰ってこないかしら・・・お父さんに会いたいわ
 私をおいてどこへいってしまったのかしら、ここに来れば見つかると思ったのに・・・」
涙をこぼす母を見つめる父。

父は母を愛し、母は父を愛し、
しかし二人が愛しあうことはもう永遠にないような気がした・・・
二人の目は決して見つめあわない・・・二人の心は二度と寄りそわない

そして四年の月日が流れた。

ある日タカシは高熱で倒れる。治療しようとする父を母は拒否する。
「わたしは医者だ」という父に、母は言う。
「あなたはきっとタカシを殺してしまう!わたしの夫も医者だったのに火の中へ子供を落としたわ」

父の注射のおかげで、タカシは回復した。

感謝する母に、お礼が欲しいとキスする父だが、母は拒絶する。

 来る日も来る日も寝る間をおしんで、父はひたすらにこの地にケシを咲かせようとしていた・・・

そうして金星へ来て五年目のある日、父は母を車にのせて砂漠へ向かう。

そこには、金星の砂漠に始めて咲いたケシの花・・・

「金星で始めて咲いた花だ。君のために・・・
 以前に 白いケシを抱えて君を訪ねたことがある・・・思い出してくれ
 子供を火の中へ落としてしまったのも僕だ
 よく見てくれ! 僕を見てくれ どちらも僕だ 認めてくれ 受け入れてくれ
 君の助けが必要だ 僕を助けてくれ・・・」

母の目は、やっと父を捉える。
輝くような母の笑顔を影からそっと見て、その場を離れるタカシ


ところが、その直後に母は父の目の前で砂漠の砂地獄に落ちてしまう

タカシは父を憎むことでしか母を失った悲しみをやわらげることができなかった
その日から始まったぎこちない父とタカシだけの生活・・・

父は砂地獄の周りに母の墓のように石を積み上げる、
「タカシが落ちないように・・・待っていてくれ あと二年・・・」
とつぶやきながら。

父は遠くからタカシをいつも優しくみていた。
ほんとうはわかっていながら、父の目が優しければ優しいほど、タカシは父を拒んだ

そうして二年の時がすぎ、父の研究は完成した。

地球では大騒ぎだった。
父の開発した薬品は、細胞を根本的に活性化する、一言で言えば寿命をのばす薬だったのだ。
以前高熱で倒れたタカシを救ったのもそれだった。
宇宙旅行やいろんな病気に役に立つと騒がれる中、タカシは以前の父の言葉を思い出し、父を理解していた。

「お父さんはこれから生まれてくる子供たちに時間をプレゼントしたかったんだ
 ゆっくり学んで遊んでいろいろ遠回りして、強くて優しい大人になってもらいたくて・・・」

七年前、父は自分の体で臨床実験をはじめていて、死ぬわけにはいかなかったのだ。

だが、父は言う。
「どうであれ、あの子供を助けられなかったのは事実だ・・・」

地球からそうそうたるメンバーが直々に父を迎えにきた。
自分は後から帰るから、とタカシを先に地球に帰そうとする父。

父に見送られて金星の基地へ向かう車の中、タカシは父のつぶやきを思い出す
「待っていてくれ あと二年・・・」

あわてて戻るタカシ

彼が見たのはケシの花束を腕に抱え、母が落ちた砂地獄に向かっていく父の姿・・・
 
砂のはるか下に眠る母を探すかのようにかすかに首をかしげたのが、最後だった・・・

父もまた・・・「そういう時代」の人だったのだ

父の弱さを・・・ぼくは責められない
この時代の弱さを自身の内に見ながら
同時に遠い未来の子供たちをも見つめていた・・・
父のあの優しい目が無性に悲しかった・・・




ちょっとあまりにリアルで、ただのSFとは片付けられない・・・
人間の心が弱くなってしまった近未来の話、でも21世紀を迎えた現代にも通じる部分って十分にあると思うのだ。

父はこれからの子供が自分達のようにならないように、人間に贈り物をする。
でもそういう父も、不幸な出来事に心を閉ざしてしまった一人であり、
でも閉ざしきることもできなくて苦しんでいた優しい一人の人だった、ということ。

これを語るのが悲しい父と母を見つめるタカシであることが、なによりも心を打つ。

あまりに不幸でありながら、美しい父の姿。
最後、彼が妻の元へと向うのが、悲しいと同時に、安堵を感じてしまう・・・


「ケシの咲く惑星」はこの本の冒頭に収録されています。
樹魔・伝説
水樹 和佳子




水樹和佳子の描く作品には、背景がSFであれ、現代物であれ、
人間の心、弱さ、優しさ、人と人とが理解し合う事、愛すること、赦しあうこと
そういった事がとても暖かい目で描かれている。

彼女の作品で、私が一番好きなのは
「エリオットひとりあそび」という作品。

こちらに関しては、少し思いが多すぎてちょっとまとまらないのだけど、別の機会に文章にしようとは思っています。

こちらもぜったいおすすめです。

エリオットひとりあそび
水樹 和佳子





posted by ruru at 02:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 本の感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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