2007年01月28日

マリー・アントワネット

この冬初の風邪ひき・・・
あ〜あ、かったる〜い、仕事したくな〜い、と部屋でグズグズしていたのだけど、
それも不毛なので、この際こういう時は映画でも見に行くべし!と、レディスディの2本立てを決行。
だから、観たのは先週の水曜日ね。

marie2.jpg

「マリー・アントワネット」

ソフィア・コッポラらしいというか何というか。
この人って、本当に感覚的な映画を作る人だな、というのが毎回の印象。
もちろん、ストーリーや脚本も大切な要素だけど、それよりも何よりも、「こういう感じ」という表現。
ただ、それを表現する為にはたぶん感覚的にこんな感じっていう創り方をしているのではなくて、きちんと計算した上で、細部まで創りこんでる と思われる所がやっぱりこの人はただ者ではないと思うのだ。

ストーリーはもちろんだれでも知っている、マリー・アントワネットがフランスにお嫁に来てからフランス革命が勃発してベルサイユを追われるまで。
こういう題材を扱う映画のほとんどは歴史の解釈であったりその人間関係のドラマであったりという部分で話が進行しがちなのだが、この映画は視点がまったく違っていた。
事実は事実として淡々と進むだけである。
歴史ものとして観に行った人はずいぶん退屈したことだろう。

若くして皇太子妃から王妃になり、宮廷でのしきたりに縛られた生活と、国と国とのつながりの責任を負わされていたと同時に、今も昔も変わらないティーンエイジャーであったマリー・アントワネット達の生活
歴史や世界や世間なんかの幕をどんどんめくって行った先には、やはりただの人の生活があるわけで。
マリーも彼女の夫のルイ16世も同じくただの女の子であり男の子だったわけで。

めくるめくシュガーカラーの世界。おしゃれをし、夜遊びをし、贅沢をして、退屈を紛らわせる。
世間知らずの金持ちの子供達。
彼らに悪気はない。使うお金は無いのだと言われればたぶん使わなかっただろう。
そんな事は知らなかっただけで。
プティトリアノンにこもったマリーはひたすらナチュラルな生活に憧れる。

そんな彼らの毎日を、是非を問うような無粋な見方は一切せず、ただ生き生きと描いている。
彼らだって悩みをかかえ精一杯時を過ごしていたのだ。
そうしながらも彼らは少しずつ大人になり、家族になる。

ベルサイユが時を超えて生き返ってきたような鮮やかさ。リアルさ。
歴史を再現したリアルさとはちょっと違う。
歴史の中に迷い込んだような気分ではなく、ベルサイユというパラレルワールドを見ているような感じ。
くすんだ色合いを一切排して、マカロンカラーにこだわったソフィア・コッポラの感覚ってやっぱり女性であれば共感してしまう。
賭け事に使うトークンまでもがシュガーカラー!
画面にあふれる豪華な衣装、美しいケーキの数々、バラの花・・・

ん、そんな感じかも!

それが、観たときの印象の50%は占めるような気がする。

ストーリーが無くって退屈だという男性がいたとしたら、「いいじゃない、女の子なんだから、男性にはわかんない世界だよ」
と、憎たらしくも言いたくなるかも?

あと、見た後無性にマカロン食べたくなる・・・




posted by ruru at 21:01| Comment(2) | TrackBack(0) | 映画いろいろ... | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
史実を忠実に、というより生きた人の感覚を表現した、と言う感じがしました。「政略の道具にされて可哀想」的な視点ではなく、その状況の中で肯定的に生きようとする姿で描いていることに好感が持てました。ビジュアル的にはファッション雑誌の世界に迷い込んだようですね。悪い意味ではなく、上質の一流のグラビア。カレンダーにしてくれたら、お部屋に飾るのに!
Posted by emily_711 at 2007年01月29日 15:54
>emilyさん
そうそう、その肯定的な感じに私も好感持ちました。
>ファッション雑誌
マリー・アントワネットって当時のファッションリーダーでもありましたもんね。

私はあのケーキが全部食べたいです〜
Posted by ruru at 2007年01月29日 20:38
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