2005年10月03日

ZIGGY STARDUST And The Spaiders form Mars

B00061QX0Yジギー・スターダスト
デヴィッド・ボウイ
東芝EMI 2005-09-14


デヴィッド・ボウイが1973年7月3日にロンドンのハマー・スミス・オデオン劇場で行ったライブを記録したドキュメンタリー。

グラムロック時代のデヴィッド・ボウイがどうしても見たくなって早速購入。
何でもっと前に観なかったんだ、と先日後悔した訳なのだが、よく考えてみたら私が学生の時は
こんな映像は気軽に手に入る代物ではなかったし、彼の昔のアルバム自体がレーベル移籍の問題だったかなんだったかで廃盤になっていて手に入らなかったのだった。

今はCDもリマスター版でクリアな音で聞けるし、過去映像はリマスター、リミックスでクリアな映像、高音質となってDVD化されている。
それもこの夏以降、特に安価版がどんどん再販されている。
ある意味、今になってはまり込んだのはとても幸運なことかもしれない。


さて、グラムロックの一時代を築いたDavid Bowieが、その頃の彼の代名詞ともいえる
「ジギースターダスト」(宇宙からやって来たロックンロールスター)というキャラクターに扮して行ったツアーは、イギリスに始まりアメリカ、日本と渡るにつれてその人気は膨れ上がり、本国イギリスへ凱旋する頃には完全に熱狂へと変っていたらしい。

ボウイは、アルバムで作り出したジギーというキャラクターの物語を中心に、彼の音楽であるロックンロールと、詩作、パントマイム、衣装、メイク、等をすべて融合した彼独自の総合舞台芸術作品を創り上げていた。

彼自身はといえば、
本人いわく、元来内向的な性質であり、その頃は何がしかのメイクだったりキャラクターだったりを身にまとっていないと落ち着かなかったらしい彼は、現実に馴染めない自分の感覚なんかも全て注ぎ込んで、真剣に彼自身の想像の世界を創り上げてその世界に没頭していた。
彼はジギーとして振舞い、ファンは彼をジギーだと信じていた。
というか彼がジギーであることを望んだ。

その結果、彼は自分と自分の創ったキャラクターの区別がつかなくなってくる。
突然降りかかった大きな成功のプレッシャーやなんかもあったのだろう。
ジギーである時間が、彼自身である時間を乗っ取ってゆく。
インタビュー記事で本人が語った言葉によると、「デヴィッド・ジョーンズ(ボウイの本名)が誰かも解らなくなった」そうだ。
高まり続ける熱狂に多少の恐怖も感じていたらしい。

彼は疲れきっていた。ボウイは自問し始める「何故この物語を完成させない?」
アメリカツアーでも今後ジギーとしてのインタビューは一切受けないと言ったりして、彼は前へ進もうとし始める。
そしてワールドツアーの最終日の73年7月3日、ロンドンのハマー・スミス・オデオン劇場で行ったライブで、彼はジギーとしてのステージはもう行わないと観客に告げる。

このDVDは、まさにそのステージの一部始終を記録したドキュメンタリーなのだ。
最後まで落ちないパワー、熱狂し、陶酔する観客、一緒に歌い、声をかけ・・・

ライブの終盤、ボウイがこのライブがワールドツアーの最後であるだけではなく、このステージはもう二度とやらない、と宣言する。
観客が驚愕し、泣き叫ぶ声がそのまま収録されている。

こうして「ジギースターダスト」の物語は、彼のアルバムを中心に、舞台芸術、ファッション、観客、グラムロックの一時代、そしてその終焉、すべてを巻き込んだ総合芸術として彼の手によって完成された。

1972年1月にジギーとしての初めてのパフォーマンスを行い、6月にアルバムをリリースしてからその終焉まで、ロック史に残るこの出来事が、わずか1年半の間のことだったというのが驚きだ。



ちょっと脱線するが、
ラビリンスのメイキングでのインタビューで、彼は脚本について「真実がある」と言っていた。
彼がそう答えた意味が何となくわかったような気がした。
ラビリンスで語られるストーリーは彼がまさに過去に身をもって経験していた事だったのでは?
彼は、自分が全力を注いで作り出した虚構の世界に没頭し、支配され、しかし、彼は支配される事を逃れてその世界を彼の芸術作品として完成させ、そして前へ進んだのだ。
それと同時に、物語の中に封じ込められてしまったキャラクターの側の気持ちも、痛いほどにわかったのではないだろうか?



グラムロック時代のボウイの写真、DVD等を観て思ったのは、
子供の時にゲッと思ったメイクは、単体で見たからびっくりしただけだろう。
今になってみれば、宝塚のメイクの方がよっぽどゲッと思う。
彼のファッションはキャラクターを演じるためにしていた事で、彼の創る芸術作品の為に衣装を着けてメイクすることは必然だったのだろう。
その後も彼のステージはいつでもロックコンサートというよりは、舞台演劇のようだった。

それから、彼のジギースタイルを完成させたのは日本文化だ、と思う。
眉をそり落とした宇宙人的な美しいメイクアップ、奇抜なレオタードのような衣装に加わったのは、日本の歌舞伎役者からヒントを得たヘアスタイルに、山本寛斎の衣装。
同じく日本の伝統芸能である能や歌舞伎の要素から影響を受けた舞台演出手法。
それが、ボウイのステージにおける芸術性に不可思議な効果を醸し出している。
彼の創り出す音楽と歌詞、思想、世界観に、彼が学んだパントマイムや英国の伝統演劇、日本の伝統芸能や文化から影響を受けた要素、そんなものを全て融合させたボウイ独自のスタイルのアートだ。


聞いた話によると、この時期に日本でライブを行った時の内容は、イギリスやアメリカでの物と少し内容が違っていたらしい。
言葉が理解されない日本でのライブという事で、更にパントマイム等を多く取り入れた演劇的要素が高いものだったそうだ。
肉体をさらけだして体で表現する姿に、その頃デヴィッド・ボウイというと「ああ、ふんどしで歌った人ね・・・」と言われる事もあったそうな。

ああ、観てみたかった・・・



bowie1.jpeg
この頃はまだかわいらしい・・・

bowie2.jpeg
それがこうなり・・・

bowie4.jpeg
これを美しいと言わずしてなんと言うか?
posted by ruru at 04:02| Comment(2) | TrackBack(0) | デヴィッド・ボウイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
今知る驚愕の事実。
「デビッド・ボウイは若かった…!」(太字)
中学生の頃はおじさんだと思っていたから。
おじさんがメイクしていて違和感380%。
(ゴローもヒデキもヒロミ・ゴーもずうっとオッサンで、変わらないなー、などと思っておりました。)

上の写真の一番目、高校生の生徒にちょっと似てる〜!!(こんなにお洒落じゃないが)田舎っぽいけど奇抜なファッションで、ドラムたたいてて、独特の世界があって、面白いの。将来の留学先には断然英国がお勧めだわ〜。

>彼はジギーとして振舞い、ファンは彼をジギーだと信じていた。
歌手の歌、俳優の演技は全て絵画や彫刻と同じく演じ手の作品だと思うんですね。
けれどもファンはその作者と作品とを同一視しがちですよね。ALWがどの作品が好きか聞かれて「どの作品も子供のようなもので」と答えてます。その通りで、作者のDNAを持っている分身ではあるが、別人、違うものです。ここら辺を意識して距離を置く人と置けない人がいるような気がします。(精魂こめて取り組むボランティア的アーティストとプロの仮面を被るビジネスマン的アーティスト)
これについてはしばらく考えていて、日記に書こうと思っていたところです。

アーティストが心を込めるあまり、自分自身と作品との距離が縮まる。その時、観客との垣根も低くなり、あのクリティーヌのようにガラスの向こう側へ渡るのかもしれません。でも近づきすぎると作者も観客も大やけどを負ってしまう。恋愛のように。
そんな体験が出来た70年代の観客を羨ましく感じるような、恐ろしいような…。
Posted by emiy_711 at 2005年10月03日 13:56
そう!若くて美しかったんです!!!
(でも確かに変わり者だとは思う・・・)
おじさんのメイクも舞台俳優が役になる為にメイクする事を考えると別に可笑しくもなんともない事に今更ながら気がつきました。
そういえば、清史朗もメイクしてる。
>中学生の頃はおじさんだと思っていたから。
私達が中学生の頃は、ボウイは今の私達の年頃ですよ(笑)

あら、昔のボウイに似てる生徒さんってステキ♪

>そんな体験が出来た70年代の観客を羨ましく感じるような、恐ろしいような…。
ビートルズのライブにおけるファンの様子なんかもそうだけど、あんな気を失う程の陶酔や熱狂って今では考えられないですよね。
そういう時代だったと片付けてしまうのは簡単だけど、やっぱりemilyさんと同じく羨ましい様な恐ろしいような・・・
Posted by ruru at 2005年10月03日 20:25
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